親が賃貸マンションやアパートを持っている。そんな、引き継ぐ立場にいる人のなかには「将来の相続に向けて、何を、いつ、どこまで準備しておけばいいのか分からない」と立ち止まっている方も多いのではないでしょうか。
相続対策と遺言書や相続税対策が注目されがちですが、相続財産の中に収益不動産が入る場合には、不動産の権利関係や運用の判断といった問題が同時に立ち上がってきます。
今回は、株式会社NENGOの濱口智明と、相続・不動産に強い行政書士(宅建士・FP)の柴田駿さんが、「次世代不動産オーナーのための相続戦略」をひも解いていきます。
濱口:
まず、「相続対策」を始める時期はいつがいいのでしょうか?
柴田:
なるべく早く…というところなのですが、遅くとも子ども世代が40代・50代、親世代が70代・80代のころには開始しておいていただくと有効性が高まるケースが多いです。多くの方が想像しているより、少し早いタイミングかと思います。
従来の「終活」「相続対策」は、亡くなる本人だけが取り組むものという印象が強かったと思います。ですが、特に不動産の相続において困るのは下の世代・子世代です。
だからこそ、子世代と親世代が一緒に、家族単位で準備することをおすすめしています。
濱口:
相続をまだ意識していなかったり、親が資産を持っていそう、ということはわかっていても、資産の詳細の中身は把握していない——そんな状態のまま年月が過ぎるケースも多いですよね。
行政書士・柴田さん(左)とNENGO濱口(右)※家族未来会議イベントにて撮影濱口:
相続相談の中でも、特に賃貸マンションやアパートなど収益物件がある場合の難易度が高いとお話しされていますが、なぜ難易度が高まるのでしょうか?
柴田:
まずは「分けづらい」点ですね。
不動産は物理的にちょうど半分にすることはできないので、相続人が複数いると、
・相続人みんなで「共有」する
・誰か一人が相続して、不動産を相続した人が他の相続人にお金を渡すする(代償清算)
など選択肢が増えて、結論を出すのが難しく、権利関係の整理に手間がかかります。
濱口:
兄弟で共有するケースだと、実際どんなトラブルが起きやすいですか?
柴田:
共有だと、大きな判断は基本的に「共有者間で合意」をしながら進めることになります。
たとえば売却のタイミングや価格、誰に売るか。あるいは修繕をいつ、どれくらいの予算でやるか。
これらを毎回、合意を取りながら進める必要があるので難しいんです。
濱口:
連絡が取れない共有者が出てきたり、共有者同士の意見が揃わなかったり仲が悪化することも考えられると思いますが…
柴田:
そうなると、適切なタイミングでの維持修繕や売却ができなくなってしまい、悲劇的ですね。
濱口:
以前聞いた話で、親族ではなく「近所同士で一緒に建てた建物」を共有で持っていて、孫の代までいって権利者が枝分かれしてしまい、収拾がつかない……というケースがありました。共有持分のリスクを強烈に感じました。
柴田:
大きい建物を長く持っているほど、複数世代をまたいで権利者が増えていくことがあります。
兄弟、孫、さらにその先……となると、共有者全員の合意を取ること自体が現実的に不可能になるケースもあります。
共有での相続は「相続の瞬間」は楽なんです。持分を1/2、1/3と決めれば済むので。
でずが、いざ不動産の運用フェーズに入ると、負担が積み重なりやすい。
“痛み”を最初に取るか、先送りして日々苦しむか——その選択なんですよね。
濱口:
あらかじめ考えておいたり、代償金要の現金を確保しておかないと、そもそも代償清算が選択肢に挙がらず「結果的に共有で相続していた」「共有で相続するしかなかった」が起きそうですね。
柴田:
相続の現場でも、よく見るケースですね。。
濱口:
共有を避けるには、誰か一人が相続して、相続した他の人に現金で渡す(代償精算)する方法になるとのことですが、相続財産の多くが不動産で金融資産の割合が少ないような場合だと、そもそも「お金(代償金)をどう準備するか」が難しくなりませんか?
柴田:
そうですね。不動産以外の現金や金融資産が十分にあれば分けやすいのですが、不動産の割合が大きいケースでは、相続した人が手元資金で支払う必要が出てきます。関係性が良くない場合は「現金で一括で払え」といった話になりやすい。一方で、相続人間で円満に話し合いができていれば、分割払いなど現実的な方法も検討できます。
濱口:
次に、運用面で“見えていなかった問題”が相続後に顕在化することも多いですよね。
柴田:
多いですね。
相続した物件は、元々親世代がオーナーとして修繕したり、管理会社や賃借人と付き合っていたりしまが、賃貸不動産には、書面化されていない約束事が残っていることがあります。
修繕履歴も「記録はないけど、5年前に屋根の工事をやったよな」というように、資料は残っておらず、オーナー(親)の頭の中にしかないことも。
会社が持つ物件なら資料が残りますが、個人オーナーだと情報が散らばりやすいように感じます。
賃貸不動産に関する情報がまったく整理されていないまま相続が起きると、次世代はゼロから情報の整理や管理の体制を作らなければならず、それが大変です。
濱口:
「直したと聞いていたのに、実際は一部の部屋だけだった」とか。
給湯器もまとめて替えたほうが合理的なのに、退去のたびにバラバラに交換していて、古い機器が“時限爆弾”のように残っていたり……あるあるですね。
柴田:
賃貸中の物件だと、室内状況を細かく確認できないのも難点です。
賃借人が退去して初めて「え、こんな状態だったの?」となることもあります。
濱口:
親子だからこそ、言いづらいことを曖昧にしてしまう、というのもありますよね。たとえば入居者の事情がセンシティブだったり。
柴田:
ありますね。
他にも、家賃を現金で受け取っている、どこまで回収できているか曖昧……というオーナーさんも意外といます。
管理状況が完璧じゃないことは、配偶者や子どもに伝えづらい。結果として、不動産に関する情報が分からないまま相続が起き、分からないまま相続が続いていく、という状態になりやすいです。
濱口:
もう一つ、賃料は計算しやすい一方、特に古い物件ほどコスト面が読みにくいので、見かけの黒字に安心してしまう危うさもありますよね。
柴田:
まさにそこで、修繕を「不具合が出てから都度対応する」のか、「計画修繕で先回りする」のかで、シナリオがいくつも作れてしまう。正解が1通りではない分、評価や判断のブレにつながりやすいところだと思います。
濱口:
先代と入居者の間ではOKだった“なあなあ”が、次世代に伝わらずトラブルの種になる、ということもありますね。
柴田:
そうですね。

濱口:
親世代から次世代に移るとき、意識やスタンスのズレも生まれますか?
柴田:
あります。引き継いだものを「重荷」「負担」に感じる方も多い。親から引き継いだ物件だと「自分が守らないと」という思いが強くなる方もいます。必ずしも悪いことではないのですが、「売却や買い替え」「建て替え」などを最初から選択肢から外してしまい、結果として選べる手段が少なくなることがあります。
濱口:
親世代は「先祖代々守る資産を築いた」という意識があっても、受け取った側には同じ温度感がないことも多いですよね。
たとえば、かつての土地神話の感覚から、いまは利回りや出口(売却・活用)を考えている方も多いと思います。世代が変わると前提も変わるのかな、と。
柴田:
そうですね。
濱口:
ここからは相続の制度について伺いたいのですが、日本には遺言などの制度があります。実際、一般の方は使いこなせているでしょうか?
柴田:
相続の制度はいろいろありますが、最も有名で効力が強いのは「遺言」かと思います。。
遺言書は「自分の財産はこういったものがあり(事実)、この財産はこの人に、子の財産はこの人に引き継いでほしい(希望)」という事実と希望が書かれた書面です。ドラマで出てくる時のように仰々しいものではなく、極端な場合紙一枚で済む場合もあります。
相続は本来、法律で決まった相続人全員での合意形成(遺産分割協議)を経ないと、預金の払い戻しや不動産の名義変更などの手続きが進みません。
ただ、遺言書が作成されていれば例外的に、その合意形成・遺産分割協議のプロセスを飛ばして、遺言書通りに分けることができます。
濱口:
揉める機会そのものを減らせるわけですね。
柴田:
そうです。そういった点で、揉め事の予防に有効な手段です。
一方で、遺言書は「一方通行」になりがちでもあります。
書いたら終わりなので、家族の合意形成が置き去りになることもある。
「任意後見」や「家族信託」は契約なので一方通行ではなく手間はかかりますが、当事者同士の合意形成や条件のすり合わせを行うので、プロセスとしても価値を感じていただけることは多いです。
濱口:
不動産の所有者が認知症になると不動産の大規模修繕や建て替え、売却ができなくなるリスクもあります。任意後見や家族信託が注目される背景ですね。
柴田:
おっしゃる通りです。ただ、遺言以上にまだ浸透していないのが実情です。
認知度の低さに加え、契約なので「契約相手(主に家族)との合意形成が必要」という点がハードルになっているのかもしれません。
濱口:
柴田さんが取り組まれている「家族未来会議」について教えてください。
柴田:
「家族未来会議」は、家族会議に専門家(行政書士)が司会進行役として同席するサービスです。
どんな話題でも話していただいて構わないのですが、多いのは
・自宅や収益物件の取り扱いを今後どうするか(住む/貸す/売る)
・親に介護が必要になったときの暮らし方や、家族内/兄弟間の役割分担
・お墓・葬儀・延命治療などの希望
第三者の専門家が司会として同席することで、家族だけでの会議と比べておだやかで建設的な議論になりやすく、また相続に関わる手続き(遺言・分割協議・家族信託など)まで具体的な計画までその場で組み立てやすいとご好評いただいています。
濱口:
40代以上になると「そろそろ親の話を聞いておかないとまずい」と思いつつ、気まずくて話せないことが多いですよね。
柴田:
そうなんです。「話さなきゃ」と思っても、話し出せない。
いざ話す場を作っても、家族だけだと、何を話してどこまで決めればいいのかがよくわからずモヤモヤして終わる…といったケースも多いと聞きます。
でも第三者の専門家が同席すると、論点整理ができて、建設的に話し合いを進められます。
濱口:
家族だけだと感情的になったり、なあなあで終わったりしますもんね。
柴田:
まさにそうですね。
そして重要なのは、いきなり解決策から入らないことです。
「遺言書を書いてよ」みたいに手段から入ると、揉めやすい。親からすると「縁起でもない」「俺に死んでほしいのか」となってしまう。
お金や不動産の取り扱い方や遺言書の作成は、あくまで“課題解決策”の1つでしかありません。
まずはその前に、「家族の未来をどうしていきたいか」という大きな目的をそろえる必要があります。
プロセスを丁寧に踏むほど、結果的に最適な選択肢にたどり着き、トラブルも防げます。

濱口:
最後に、相続の視点から見てリノベーションはどんな意味を持ちますか?
柴田:
大きく2つあります。
1つ目は「お金」の話。
適切な修繕費・リフォーム費をかけることで、相続税の計算の元になる現金(相続財産)が減るケースが多いです。
どうせどこかのタイミングで修繕費・リフォーム費が発生するのであれば、相続発生前に実行しておくという判断は合理的です。
2つ目は「プロセス」に価値があること。
親世代が元気なうちに、「この不動産をこれまでどう運用してきたか」「今後どうしたいか」を共有しながら家族ぐるみでリノベーションを検討できる。
その整理ができた状態で引き継げば、次世代の負担はかなり減ります。
濱口:
「建て替え」か「売却」か、だけではなく、その中間の選択肢としてリノベーションが効く、ということもありそうですね。
柴田:
そうですね。建て替えるほどの現金はないけれど、不動産の価値を高めながら現金を減らして相続税を減らしたい、という方には有効だと思います。
濱口:
部分的な改修にとどめるより、1棟まるごと整える方が、設備・修繕など不動産の全体像が見えてきます。結果として「売る/持つ/活かす」を比較しやすくなる。相続の入口で、その判断材料が揃っていることが大きいですね。
2026年5月23日には、1棟まるごとリノベーションを体感できる見学会を予定(※イベントご案内ページはこちら)濱口:
最後に、メッセージをお願いします。
柴田:
賃貸物件をお持ちの方は、たとえご本人の主な役割が会社員や主婦であっても、不動産を持っている時点で「事業」をしているのと同じです。
相続が起きると、突然「事業承継」をしなければならなくなる。これは結構大きな話です。
不動産には入居者がいて、関係業者がいて、社会と密接につながっています。
だからこそ、せめて家族内で大まかな方針は合意できている状態、確認できている状態を作っておくべきだと思います。
準備はぜひお早めに。
そして、不動産のプロも含めて、「付き合って違和感のない専門家」をトラブルがまだ発生していないうちに見つけておくことが大事です。
問題が起きてから探し始めると、足元を見られたり、変な人が寄ってきたりもするので(笑)。
今、目の前に問題がなくても、漠然と不安がある、何を不安に思えばいいか分からない、という段階でこそ、一度専門家に相談していただきたいですね。
濱口:
本日はありがとうございました。