賃料1.5倍・内見1組目で即決。ある賃貸リノベの話

更新日 2026.04.07

まず1戸からリノベーションしてみませんか?

川崎市中原区の賃貸マンションを1戸リノベーションしました。

1.5LDKとちょっと変わった間取りに、質感の高い仕上げをほどこし、募集してみたら、内見いただいた最初の1組がそのままご入居を決めてくれました。賃料は元から1.5倍の設定なのにです。このプロジェクトのこと、少し詳しくお話しします。

やったこと① ターゲットを変える——「3DK→1.5LDK」という間取りの転換

まず手をつけたのは、間取りの抜本的な見直しです。3DKを、広々とした1LDKへ大転換しました。ポイントは、ただ広くしたのではなく、LDKの一部をカーテンで仕切れるようにしたことです。1LDKだったり2LDKだったりと、いわば「1.5LDK」とも呼べる、使い方に幅がある間取りにしました。

例えば、子どものプレイルームにしておいて来客時だけカーテンで隠す、リモートワークのスペースとして区切る、奥の個室を仕事部屋にしてカーテンで仕切れるスペースにはベッドを置くニューヨーク・ソーホースタイル。実際の入居者の方も、この3つ目の使い方を選ばれました。

一般的なファミリー層ではない、新しい入居者ターゲットの発見、それがこの間取り変更の最大の収穫でした。

やったこと② 温熱環境を整える——エアコンと間取りは、実はつながっている

間取り変更には、もうひとつ重要な理由がありました。エアコンの問題です。

築25年以上の賃貸ではよくあることですが、共用廊下側にエアコンの室外機が置けない構造でした。部屋数を維持しようとすると、どこかにウィンドウエアコンを設置するしかありません。できれば避けたい選択、だったら、部屋数を減らしてLDKを広くし、大容量エアコン1台で空間全体の温熱環境をまとめて整えよう。その代わり各窓にはインナーサッシを設置し、部屋全体での断熱性能を高めています。

間取りとエアコン、一見無関係に見えて、1つの住まいの中ではすべてがつながっています。

やったこと③ 仕上げで差別化する——ポーターズペイントが空間の「主役」に

空間の仕上げには、ポーターズペイントによる壁・天井の全面塗装を採用しました。
刷毛で仕上げることで生まれるニュアンスと陰影は、時間帯や季節、転記、照明によって表情を変えます。春・夏・秋・冬、朝・昼・夕・夜、それぞれに異なる「居心地の良さ」が空間に宿る——これは写真では伝わりきらない、実体験してはじめてわかる価値です。

メインのLDKは温かみのあるグレージュ色、個室はよりオーソドックスな白色に近づけ、トイレはあえて、やや青緑がかった深めの色に。トイレは必ず1人になるスペースだからこそ、より心が落ち着く色を——そんな細やかな配慮が、空間全体のトーンを整えています。

一般の方もご参加いただけるペイントワークショップも開催し、一部の色は参加者さんとアンケートをとって決めました。

やったこと④ シンプルだが機能的に——キッチンと水廻りの「さりげない本気」

キッチンは対面式にしつつ、腰壁はペイントした壁がそのまま延びて自然につながるデザインに。キッチンを空間に溶け込ませながらリノベーションで処理に困る配管スペースを兼ねた設計になっています。

水廻り(キッチン・洗面カウンター・ユニットバス・トイレ・洗濯機パン)はすべて新品に交換。製品はあえてシンプルなものを選んでいます。機能が多く複雑なほど、故障時の対応が大変になる。長期的な維持管理まで見据えた、オーナー目線での選択です。

やったこと⑤ 古さを良さに変える——「もったいない」センスが生んだ壁

個室に並ぶ3つのコートフック。もともと各住戸に1つずつあったものですが、オーナーがこれまでの改修で不要になったフックを2つ取っておいてくださっていました。「何か使えないですかね?」——その一言から、シンプルだけどキャッチーな壁が生まれました。

収納や建具も基本的にはペイントして再活用。古い建物が持つ記憶や素材を活かす視点が、賃貸物件に独自の味わいを与えています。賃貸だから住めれば良い、貸せれば良いではない——そんな姿勢が、空間ににじみ出るものだと思っています。

そして、リノベーションオブザイヤー2025・特別賞を受賞

完成後、このプロジェクトを「リノベーションオブザイヤー2025」にエントリーしたところ、特別賞をいただきました。賃貸物件がこうした賞を獲ることは珍しく「賃貸マンションこそが街を変えていく」という実感を改めて持てた出来事でもありました。

[まとめ]メゾンコーワでやったこと

やったこと 内容 ポイント
① ターゲットを変える 3DK→1LDK、カーテンで仕切れる1.5LDK提案 ファミリー以外の新しい入居者層を発見
② 温熱環境を整える 室外機制約を逆手に、エアコン1台で全室対応 間取りとエアコンはつながっている
③ 仕上げで差別化 ポーターズペイントで壁・天井を全面塗装 季節や時間帯で表情が変わる「居心地」の価値
④ シンプルだが機能的に 対面キッチンの腰壁を塗装壁と一体化、水廻り全て新品 コストと質感のバランス、維持管理も見据える
⑤ 古さを良さに変える 既存コートフックを3つ並べてアクセントに オーナーの「もったいない」センスが空間をつくる

 

この実例を振り返って
——「1戸からリノベ」が持つ5つの意味

「うまくいった事例」で終わらせてしまうともったいないので、少し立ち止まって整理してみます。
本プロジェクトが「1棟まるごとリノベ」ではなく「1戸から」だったことには、実は大きな意味があります。

① 低リスクで収益改善を検証できる

「1戸からリノベーション」の大きな利点は、いきなり大きな賭けをしなくてよいことです。

空き室1戸を使えば、工事費も影響範囲も限定したまま、「どの程度の仕様なら反応があるのか」「賃料はどこまで狙えるのか」「どんな入居者が集まるのか」を実地で検証できます。頭の中で考えた戦略と、市場で実際に反応がある戦略は、しばしば違います。だからこそ、まず1戸で試す意味があります。

間取りは大きく変えずに素材感だけを高めるのか。在宅ワークや趣味性を意識した、使い方に余白のある住戸にするのか。収納、照明、洗面、キッチン、断熱——何にお金をかけると反応が出るのかは、建物の立地や築年数、地域性によって変わります。
1戸で結果を見れば、感覚ではなくデータで判断できます。問い合わせ件数、内見時の反応、申込までの日数、決まった賃料、成約した入居者の属性。これらが、次の1戸、さらに数戸へ横展開する際の基準になっていきます。

 

② 原状回復を「収益改善投資」に転換できる

退去のたびに行う原状回復は、必要な支出ではありますが、それだけでは収益改善に直結しません。きれいにはなる。でも、選ばれる理由にはなりにくい——ここが、多くの賃貸経営で見落とされがちな点です。

壁紙を貼り替える、床を替える、設備を入れ替える。こうした工事が、ただ「前の状態に戻すための支出」で終わるのか、それとも「次の入居者に刺さる価値づくり」になるのかで、同じお金の意味がまったく変わります。

大切なのは、「誰でも住める無難な部屋」を目指すのではなく、「この立地、この建物なら、こういう人に選ばれる」という仮説を立てることです。単身の在宅ワーカーなのか、DINKsなのか、感度の高い若手なのか。具体的な入居者像が見えてくると、設備や内装の選び方も自然と変わってきます。

原状回復の延長では、建物の未来はなかなか変わりません。けれど、1戸からでも価値設計の視点を入れると、その1戸は建物全体の方向性を示す住戸になります。

③ 賃料と募集条件の新しい基準をつくれる

「1戸からリノベーション」は、単に部屋をきれいにすることではありません。その住戸を、建物の「基準をつくる部屋」にできることが重要です。

募集の現場では、多くの物件が周辺相場との比較に引きずられます。築年数、広さ、駅距離、設備——もちろんそれらは大事ですが、それだけで見られると、築古物件はどうしても不利になります。そこで必要になるのが、「相場比較の土俵から半歩ずらす」ことです。

1戸をモデルルーム的に位置づけて、写真、見せ方、訴求軸、ターゲット設定を丁寧に組み立てることで、ただの築古住戸ではなくなります。周辺相場より少し高くても決まるのか。どのターゲットが最も反応するのか。1戸の検証結果が、そのまま建物の新しい募集基準になっていきます。

本物件でも、ペイントワークショップを開催して入居者候補との接点をつくり、SNSでの発信を通じて「この部屋に住みたい」という気持ちを醸成しました。賃料1.5倍・内見1組目で即決という結果は、こうした「募集の設計」があってこそです。

 

④ 入居者層を段階的に改善できる

築古物件の再生では、家賃の話だけでなく「どんな入居者に選ばれる建物にしていくか」が非常に重要です。

魅力ある住戸には、住まいに対して一定の価値観を持つ入居者が集まりやすくなります。内装や設備にきちんとお金をかけ、写真や募集の打ち出しも整えた住戸には、価格だけで決める人とは少し違う層が反応します。防犯性や通信環境、居心地、デザイン、暮らし方との相性を見る人たちです。

もちろん、1戸変えただけで建物全体の入居者層が一気に変わるわけではありません。ただ、魅力ある住戸が1戸、2戸、3戸と増えることで、建物の空気は少しずつ変わっていきます。

この変化の良いところは、強引な入れ替えをしなくてよいことです。既存入居者を無理に動かすのではなく、退去が出たところから少しずつ改善していく。その結果として、クレームや滞納、短期退去といった運営リスクを抑えながら、自然な新陳代謝を進めることができます。「1戸からリノベーション」は、住戸改善であると同時に、入居者構成を整えていく経営手法でもあります。

 

⑤ 将来の1棟リノベーションへの準備になる

「1戸からリノベーション」は、その1戸を決めるためだけのものではありません。もっと大きな意味では、将来の「1棟まるごとリノベーション」への準備になります。

1棟で考えようとしても、いきなりすべてを設計するのは難しいものです。どの仕様が妥当か。どのグレードなら回収できるか。どこにコストをかけ、どこを抑えるか。想定ターゲットは誰か。共用部と住戸をどう連動させるか——これらは、経験なしに一度で正解を引くのが難しいテーマです。

その点、1戸から始めていれば、設計・仕様・施工・コスト・募集・管理のすべてについて、自分の物件で基準を蓄積できます。「この設備は反応が良かった」「この内装はコストの割に効かなかった」「このターゲット設定はズレていた」——そうした実証の積み重ねが、後に1棟で判断するときの強い材料になります。

加えて、将来の選択肢はリノベーションだけではありません。売却、承継、相続、建替え、長期保有。どの道を選ぶにしても、「この建物はどうすれば価値を引き上げられるか」を自分の中で把握しているオーナーは強い。いま建築コストが高止まりし、再投資の判断が重い時代だからこそ、1戸単位で勝ち筋を蓄えておく意味があります。将来のグッドタイミングを逃さないためにも、1戸からの実践は有効です。

 

[まとめ]「1戸からリノベ」が持つ5つの意味

メリット 考え方 得られるもの
① 低リスクで収益改善を検証 空き室1戸で仕様・賃料・ターゲットを実地検証 感覚ではなくデータで次の判断ができる
② 原状回復を「収益改善投資」に転換 「元に戻す支出」を「価値をつくる投資」へ発想転換 消えるコストが、残る資産になる
③ 賃料と募集条件の新しい基準づくり モデルルーム的活用で相場比較の土俵から半歩ずらす 建物独自の募集軸と新しいターゲット層の発見
④ 入居者層を段階的に改善 退去が出るたびに少しずつ改善、自然な新陳代謝へ 運営リスクを抑えながら建物の空気が変わる
⑤ 将来の1棟リノベーションへの準備 設計・仕様・コスト・募集の基準を1戸分蓄積 売却・承継・相続など将来の判断材料が揃う

 

最初の一歩は、小さくていい

古いから建て替える以外の選択肢はないのか、はたまた先代から受け継いだ建物を、次の世代へ渡したい。そのようなお気持ちがあるなら、まず「1戸」から動いてみることが、実は一番の近道かもしれません。

1戸の実績が設計・仕様・コストの基準を生み、新しい入居者ターゲットとの出会いが生まれ、次の一手を考えるための判断材料が揃っていく。気づけば、建物全体の将来像が、少しずつ見えてくる。

大きく構えなくて大丈夫です。まずは話だけでも、聞いてみませんか。

 

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こんなことが相談できます——
・ 建替えかリノベか、判断の整理
・ 相続や引き継ぎに関する不安の解消
・ 長年手を入れていない建物の活かし方
・ 空室対策や募集力アップの考え方
・ NENGOによる実例紹介(築古再生・耐震・断熱・用途転換など

(物件写真:AKIRA NAKAMURA)